「体験過程」って何?
一心塾だより 第93号
日常的にいろんな状況でいろんな“感じ”(気持ち、感情、感覚)を私たちは体験していて、そこからいろいろな言葉や行動が出てきます。感じは言葉に出したり、行動することで変化していきます。
もし生命体が何も感じないとしたら、様々な状況に対応することができません。また対応した後に感じが変化しないとしたら状況に適した対応を取ることができません。つまり生きているとは、動物であれ、植物であれ、感じて、応じて、変化することなのです。
この生命の本質とも言える機能を「体験過程」と言います。この言葉はフォーカシングの創始者であるアメリカの哲学者・心理学者ユージン・ジェンドリン(1926~2017)が実存哲学や現象学の研究と、「カウンセリング」を世に定着させたカール・ロジャーズたちとの共同研究の中から生み出されました。英語では「エクスペリエンシング(experiencing)」で、日本の心理学者村瀬孝雄氏によって「体験過程」と訳されました。
体験過程は生命の本質であり、主体そのもの、「私」そのものです。体験過程は主体性を持って状況と相互作用的に応答します。人の場合は自我意識があって、それも主体性を持って状況と渡り合っているように見えますが、自我意識が「正しい」と思ってやっていることがパワハラであったり、過剰な競争であったり、戦争であったりするのですから、これを生命の本質、主体そのものと言うにはちょっとはばかられます。自我意識の背後で体験過程は自我意識がしでかす馬鹿げた所業に「はて?」と不全感や違和感を発しているのです。
ジェンドリンは体験過程がどのような性質を持ち、どのように変化していくのかということについて非常に緻密に説明しました。なにしろ “感じ”とは生モノですから、その記述は相当に大変です。しかし私たちは皆体験過程を持っているのですから、からだでは理解できるのです。仏教で「不立文字」として説明を避けたところが全て、余す所なく説明されているような印象です。
フォーカシングはこの体験過程を直に感じ取ることで新たな気づきを得る方法です。フォーカシングによって私たちは生命そのもの、主体そのものに触れることができます。
体験過程は常に柔然に機能しているわけではありません。何かに囚われることで凝り固まり、機能しない部分が出てきます。それが心の病理です。ですから、いかにして人をこの囚われの状態から抜け出させ、体験過程を再び機能し始めさせるかということがカウンセラーや援助者の役割なのです。ジェンドリンはこれに「体験過程療法」または「フォーカシング指向心理療法」と名付けています。療法家は体験過程が柔然に機能している人として、クライエントに向き合い、応答します。そしてお互いに変化していくのです。これは心理療法家に限らず誰でもできることであり、誰でも行うべきことであり、そしてとても奥深いことなのです。