あなたは何を信じてる?


2026年7月号
軒先のツバメの巣に親はとにかく餌を運んでくる。子どもたちはとにかく餌をねだる。単純明快でいいですね。ツバメの子育てを見ていると癒されます。
人間はどうも複雑です。親を信じたいのに、「本当はお母さんは自分のことを大事に思ってないんじゃないか」なんて疑ったりします。
一度そんなことを思うと、お母さんのいろんな行動にネガティブなところを見つけて、「やっぱり私のことは大事じゃないんだ」と確信したりします。負のスパイラルですね。

ツバメの子みたいに純粋に信じられればいいのですけど、人間はどうしても疑ってしまいます。裏切られたときのショックが少ないように、先に疑っておくという心理的防衛が働くのでしょう。
信じられるものがあれば心は安定する
何も信じるものがない。自分のことさえ信じない。でもそれではちょっと人生さみしく、暗い感じです。特に普段意識することはなくても、信じているものがあるとき、私たちの心は安定するのです。信じるものがないと、一人でいることが怖くなるのです。
しかし、生きている人間は信じるにはちょっとあてにならないところがあります。心変わりするかもしれませんし、打算的に信じさせようとするかもしれませんから。それでも信じる心が、逆に相手を信じるに足る人間に成長させていくということもあります。
やっぱり人間は複雑です。
伝統的に日本人は“先祖”を信じていました。だからお盆や墓参りを大事にするのでしょう。先祖は心の中の存在ですから、裏切ることがありません。また生きている人間のように、信じられることを重荷に感じたり、打算的に利用したりはしません。
しかし、時代とともに先祖も影が薄くなりました。その分、私たちは生きている人間を“信じたい”思いをより強く持つようになっているかもしれません。推し活隆盛もそのせい?
いまあなたは何を信じているのでしょうか。そこに気づくことは精神性を高め、心を安定させる上でとても意味のあることです。そして信じているその相手が、きっと喜んでくれるだろうと思える生き方をすれば、あなた自身が人から信じられる人になるでしょう。
