信じる者は救われる?

 この建物の軒先にもツバメの巣があって、燕の子育てを見ていると癒されますね。親はとにかく餌を運んでくる。子どもたちはとにかく餌をねだる。単純明快でいいですね。

 人間はどうも複雑で困ります。一応ちゃんとご飯は作ってもらっても、子どもの方は「本当はお母さんは自分のことを大事に思ってないんじゃないか」なんてことを疑ったりするのです。

 一度そんなことを思うと、お母さんのいろんな行動にネガティブなところを見つけて、「やっぱり私のことは大事じゃないんだ」と確信していったりします。

 そうなるとお母さんの方も「この子はあまり可愛くない」と感じざるを得ませんので、関係がだんだんねじれていってしまいます。しかしまあ子どもを責めるわけにも、親を責めるわけにも行きません。

 ツバメの子みたいに純粋に親を信じられればいいのですけど、人間はどうしても疑ってしまいます。信じて裏切られることのほうがよっぽどショックですから、予防線を張って先に疑っておいたほうがショックが少ないわけです。

 しかし傷つきたくないから何も信じないというのでは何だか夢がないといいますか、暗い感じで、人間が縮こまってしまいますね。それに、信じるから信じられた方も期待に応えようと一生懸命になるものです。

 それで何を信じるのが良いでしょうか。それはもう皆さんが信じたいものを信じたら良いのですが、私がここでずっと申し上げているのは、からだを信じるです。からだが一生懸命皆さんを生かそうとしてくれているので、それを信じてからだに感謝してください。