新しい自律神経の話

一心塾だより 第96号

 最近、自律神経の分野で興味深い理論が発表されました。「ポリヴェーガル理論」といいます。簡単に説明しておきましょう。
 自律神経には心身を興奮させる交感神経と、リラックスさせる副交感神経があることが知られていますが、実は、後者は異なる役割の二種の迷走神経からなっている!ということがわかったのです。

(多重(ポリ)迷走神経(ヴェーガル)理論。アメリカの神経生理学者スティーブン・ポージェスが1994年に提唱。)

 一つは爬虫類も持っている神経で、いわば「死んだふり神経」です。危機に際して交感神経が興奮した後、「死んだふり神経」が働いて活動を抑制します。固まって動けなくなったりするのはこの神経の働きです。ちなみに交感神経は生き物を「闘争」か「逃走」か、というモードさせますので、ここでは「とうそう神経」と呼んでおきましょう。
 もう一つの迷走神経は哺乳類などの高等生物から発達し、顔の表情や声の調子で仲間と親密な関係を作るのに働きます。いわば「安全安心神経」です。社会生活を営む生き物は、集団で生活することで外敵を防ぎやすくなるので、「とうそう神経」と「死んだふり神経」の重要性が減りますが、代わりに仲間同士で仲良くする必要性が高まり、「安全安心神経」が発達してきたのです。
 ところが現代は集団でいること自体に危機感が生じてきました。コロナ禍はその代表で、マスクで表情がわからなくなってしまったことも小さい子にとっては「安全安心神経」の発達を阻害したことでしょう。
 でもそれ以前から、集団でいるより一人でいることを好む傾向が強まっているように感じます。「安全安心神経」が育たず、コミュニケーション能力が低下し、再び「とうそう神経」と「死んだふり神経」の危ういシーソーバランスを使わざるを得ないことが増えたのではないでしょうか。そう考えると小学校での暴力事案や不登校が増えたのも頷けます。社会生活を営む私たちにとって、世相は直接的に体に影響を与えている可能性があるのです。
 近年ネガティブ感情の表出がはっきりしない子が増えているように感じます(その分SNSで吐き出しているのかもしれませんが)。もし家族で笑顔の交流が少なく、安全安心な関係が構築されていなければ、子どもは何かで生じたネガティブ感情を、ぶつけることもケアしてもらうこともできません。せめてぶつけてくれれば、周囲の誰かからケアされる機会を得て「安全安心神経」も育っていくでしょうに。
でもそれもしないなら、子どもはネガティブ感情を「死んだふり神経」によって、あたかも麻酔をかけたように感じなくなってしまいます。すると本人は得体のしれない不快な「何か」を内に抱えたままになります。感じられないから言葉にもできませんし変化もしません。しかし静かにしていると不快感がもやもやと湧いてきてしまうので、それと向き合わないで済むよう落ち着きなく動き回ったり、ゲームなど刺激の強いものに依存する傾向も出てきます。夜に気持ちを高ぶらせ、翌朝には抑うつ状態。そんなシーソーバランスの繰り返しです。
 嘆いている場合ではありません。挨拶したり、笑顔で話をしたり、そんな草の根的なことが大事なのだと思います。また、ヨガほどこの神経を養うのに適した修養法はないと思いますよ。