未来世界とフォーカシング

 世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史』の著者で歴史学者のユバル・ハラリ氏が、ナショナリズムとグローバリズムの分断をテーマにしたTEDのインタビューで、「心が体から遊離し離れてしまったことが最大の問題」と述べています。氏の言葉を少し味わってみましょう。

 人類はますます画面の中、つまり別の時間に別の場所で起きたことに気を取られる一方です。このことが疎外感や孤独感といったことの深層にある原因であり、それゆえに解決方法の1つは大衆の国家主義を取り戻すことではなく我々の意識を体と再び繋げることであり体に再び繋がりさえすればグローバルな世界に置かれてもずっと心地よくいられるでしょう。(中略)

 我々人類は外的環境への支配力をどんどん高め、自分らの欲求に見合うように変えようとしてきました。他の動物を支配下に置いたり河川や森林を制御し、完全に作り変えてしまいましたが、そうやって自分たちも満足を得ることなしに、環境破壊を引き起こしてきました。次のステップは内なる世界に目を向けることです。外的環境の制御では自分は満足できないことをまずは認めるのです。そして内なる世界の制御を試してみましょう。これは21世紀の科学、技術と産業にとっての壮大なプロジェクトとなります。体と脳と心をエンジニアリングし作り上げていく方法を学んで、内なる世界の制御を得ようとすることです。それが21世紀の経済の主な生産物となることでしょう。

 (翻訳: Tomoyuki Suzuki 校正: Riaki Poništ)


 確かに、幼いうちからゲームやスマホの画面に感情を大きく動かされていれば、実世界の機微に反応するからだは育ちにくいかもしれません。そうでなくても、薪で風呂を焚く、梅干しを作るなど、生活の中に五感や直感をフル活用しなければならない場面が激減している現代において、自然という究極のシステムと私たちはつながり感を欠いてしまっていて、それが疎外感、孤独感の原因なのだという考えには、私も同感です。

 しかしそのことがなぜナショナリズム(国家主義)と関係するのかというところが、わかりにくいところだと思います。

 人間は何かとつながっていたいのです。そしてそのつながる先は絶対的に安定したものであってほしいのです。それは根本的な甘え欲求です。「自分は日本人で、日本という国に守られている」、そのように無意識的に国に信頼を寄せている人は、グローバリズムや国際情勢などによって国への信頼が揺らいでしまうと、非常に不安を感じてしまいます。また政治的失策に人一倍憤りを感じたりします。

 家族やお金につながりを求めても、形あるものは失われていきます。宗教につながりを持つのは、まだ安心感があります。人類が他の動物を抑えて繁栄できたのは、神概念を共有することで大きな集団を形成し得たからであると言われています。しかし、そうすると違う神を信じる集団同士は、互いの不安定要因となりますから、攻撃しなければならなくなるのです。その意味で宗教と国家は似ています。

 体は最も身近な自然です。だから体とのつながりを深めることは自然とつながることなのです。しかしここで一つ問題となるのは、体は老い、いつかは死んでしまうという現実です。私たちが健康長寿情報に飛びつくのは、体とのつながりに無意識的にすがっているからです。

 だから体とのつながりを求めるのではなく、体を通して自然とつながることを目指すのでなければ、絶対的安定は得られません。自然は生き物の死と生を何十億年という歳月の中に織り込んで築かれている究極のシステムなのです。

 さて、ハラリ氏の引用の2段落目では、内なる世界の制御は21世紀の壮大なプロジェクト、と述べられています。マインドフルネスへの注目の高さなどを見ても、確かに21世紀はそういう時代なのだろうと思います。ただこの壮大なプロジェクトは、すでに仏陀によって成し遂げられているので、あとはそこから宗教性を抜いて、誰でも理解しやすく、そして実践しやすいように工夫していくことなのだと思います。

 最後のところで「21世紀の経済の主な生産物となる」と述べられていますが、それが一体どういうことなのか、私にはちょっとわかりません。ヨガの先生が大儲けする時代ということならありがたいですが、多分そういうことじゃなく、様々な生産物が作り出される背景に、自然とのつながり、それによる心の制御という哲学があるということなのかもしれません。

 ハラリ氏のインタビューは次のように続いています。「もし我々が自己の内面の世界を真に理解することなく改変しようとした場合、とりわけ心のシステムの複雑さを理解しなければ自己の内面にも『環境災害』を引き起こすかもしれません。精神面での『メルトダウン』が起こることになるでしょう。」

 心のシステムの複雑さとは、そのまま自然のシステムの複雑さです。仏教では「空」と言い表しました。人類が行ってきた環境破壊はこの複雑さを理解し得なかった故です。

 しかし幸いにも今私たちには、哲学者ジェンドリンによって心の複雑さを複雑なままに人生に生かす方法が提案されています。「フォーカシング」というその方法は、自然に働きかける際にも、そのときの自らの心の反応に注意深くあることで、十分に機能することでしょう。