観無量寿経について

お釈迦様の時代のインドにマガダ国があり、その王様夫婦には子どもがいませんでした。ある占い師が、あるサドゥー(仙人、ヨガ修行者)が死ぬと、王子として生まれ変わると伝えます。サドゥーは後数年で寿命がつきそうですが、それまで待てない王と后は部下をやってサドゥーを殺してしまいます。死の間際にサドゥーは「私は王子として生まれ変わり、王を殺すだろう」と予言します。

 やがて后は懐妊しますが、恐ろしくなって、高いところから子を産み落として殺してしまおうとしました。でも奇跡的に死ぬことはなく阿闍世王子として成長していきました。

 あるとき誕生時の秘密を知った阿闍世は激怒して、父母である王と后を別々に牢獄に閉じ込めてしまいます。王の方は餓死してしまいますが、后はお釈迦様に助けを請います。お釈迦様は極楽浄土の阿弥陀仏の話を説き聴かせ、后は自分の罪を深く反省し、また自分や王をこのような目に合わせた息子を許し、心の平安を得ます。このときの説話が観無量寿経としてまとめられています。

 観無量寿経には様々な心の修行法が紹介されていますが、一番肝心なところは、修行するような根性も備わっていない、また罪深い者でも、ただ助けてくださいと声に出して願うだけで、阿弥陀仏の思いやりによって、コンパッションによって救われるというところです。

 観無量寿経の無量寿とは果てしない命という意味で、すなわち阿弥陀仏を指しています。観は観察の観ですが、深く観る、つまり体験するというふうに取ったら良いでしょう。無量寿を体験するということです。

 阿弥陀仏はお寺の本堂の奥に鎮座しているわけではありません。あれは偶像です。果てしない命は皆さんの体の中にあります。自然の中にあります。ヨガをすることは無量寿を深く体験することです。そして大事なのは、その無量寿に24時間、1秒も休むことなく、助けられていると自覚することです。