ショックを受けた後の本質的な解決を探る

お釈迦様は29歳まで釈迦族の後継者として何不自由なく育てられ、お城の高い塀の外に出ることも許されなかったと言われています。それは、お釈迦様が生まれたとき、ある仙人が、この子は素晴らしい王様になるか、出家をして素晴らしい悟りを開くことになるだろうと予言したものですから、お父さんが「出家されては困る」と思い、塀の外に出さないようにしていたわけです。
しかし29歳のときに許しを得て従者と一緒に塀の外に出たら、ヨボヨボの年寄の姿を見て、「あれは何だ?!」と驚いて従者に尋ねたといいます。今までお年寄りを見たことがなかったのです。29歳になるまでですよ。
しばらく後にやはり塀の外で病人を見て、またしばらく後に死体を見て、それぞれにものすごく驚いてショックを受けるわけです。そしてそれが若いお釈迦様に出家の志をもたせてしまったわけです。
王様である父親の目論見は見事に裏目に出たわけですね。だいたい親の期待というのはこんなふうに裏目に出るものです。
それにしても29歳まで何の免疫も持たないでいると、年寄を見るだけでこんなにショックを受けるものなのかと驚いてしまいます。そしてこのショックの本質はなんだろうか、どうしたら本質的な解決に到れるのだろうかと、お釈迦様は悩まれたのだと思います。
この姿勢が大事ですね。ショックを受けたときに気休めをするのではなく、本質的な解決についてとことん考えることが。
