ビギナーズマインド

 2011年にフォーカシング国際会議でのプレゼンのためにカリフォルニアを訪れた際、サンフランシスコ禅センターに一泊したことがあります。朝起きてびっくりしたのは、アメリカ人の老若男女が早朝の坐禅会に参加すべく建物を取り巻くように並んでいたことでした。「毎朝こんな感じ」なのだそうです。
 同センターは、アメリカに大乗仏教を伝えた「二人の鈴木」として、鈴木大拙と並び称せられる鈴木俊隆老師が1962年に創設し、また老師による『禅マインド ビギナーズマインド』は、非常に努力して何某かの「専門家」になることを良しとするアメリカ社会にまさに一石を投じた本のようです。アップル創業者のスティーブ・ジョブスもよく参禅し、この本を座右の書としていたことで知られています。

 禅の心は「専門家」では掴めない、専門家になるということは自我をガチガチに作り上げることであり、そんな硬い心では禅の心、言い換えればあらゆる現象の本質はわからないということのようです。
 夜明けの早いこの時期ですから、少し早起きして、ラジオ体操などして体の動きを良くしてから、しばらく瞑想してみることをお勧めします。寝付きが悪い人は寝る前にちょっとストレッチしてから瞑想するのも良いと思います(ちなみに「坐禅」は禅宗用語で、やり方がある程度定められていますから、ここでは一般用語である「瞑想」と言うことにします)。
 様々な雑念がやってきますが、それらはあなたが現に囚われている諸々です。「無」になろうなどという無駄な努力はやめて、ただ雑念に気づくようにします。その際、姿勢をきちんと保てる座り方を工夫することで「気づき」を維持でき、雑念に巻き込まれないでいられます。1~2分から始めて見てはいかがでしょうか。
 「努力をやめる」ということが最初はなかなか難しいですが、瞑想を続けるうちに本質のありたい方向性が理解できるようになり、努力などしなくても本質が自分を導いてくれる感覚になっていきます。水の中でもがくほどに溺れそうになっていたのが、ふと力を抜くことで楽に浮けるようになる感覚に似ています。その頃には30分くらいは瞑想できるようになっています。
 本質に親しめるようになると、これまで生きる上で無意識に依拠してきた信念・価値観、またそれに伴う感情や欲求に少しずつ間が置けるようになります。それらは長年自分自身を構成してきたもので、ほとんど皮膚のようなものです。無理に剥がすようなことをするべきではありませんが、間が置けるうちに本質的な変化が生じてきます。それにはそこそこの年月がかかるものですが、フォーカシングではトレーニングを受けたリスナーの傾聴が触媒となって、比較的短時間で本質を体験し、本質的変化を体験することができます。フォーカシングに親しんでいらっしゃる方も、ぜひ気軽に瞑想してみてください。

ヨーガ3分話

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