ジェンドリンの思い出

一心塾だより 第13号

 フォーカシングの創始者ユージン・ジェンドリンが今年5月1日に亡くなって、日本フォーカシング協会(http://www.focusing.jp/)のニュースレターには前号、今号と追悼の文章が数篇ずつ寄せられています。ジェンドリンから掛けられた印象深い言葉や行動の紹介が、ジェンドリンという人を忍ばせてくれます。
 私は二度、ニューヨークでご本人に出会いました。たまたま食堂のテーブルが近かったので、思い切って「フェルトセンスには深いものと浅いものがあるのか」と当時疑問に思っていたことをぶつけてみました。答えは「No」でした。そこからジェンドリンの長い解説が始まり、聴衆が増えてきて、通訳のホンダさんが加勢してくれましたが、英語もついていけなくなり、もうパニックでした。でもジェンドリンの真摯な物腰が今でも蘇ります。数年後、廊下ですれ違ったとき、ドキドキして「Hi, I’m Shoji」と言ったら、「I know」とだけ鋭い眼光で返してくれて、それだけで「遠くからやってきて良かったあ」と思えてしまいました。
 それからしばらくして、日本からメールを送りました。「あなたの哲学は仏教と似通っているのだが、あなたがあまり仏教に言及していないのはなぜか」というような文面でした。だいぶんしてから返事が来たように思います。「違う哲学を背景に持つものは単純に比較できない」ということでした。最近になって、彼の哲学的著作を紐解いてみたら、自分の質問が彼の哲学を理解していないところから来る不躾なものだったなあと、とても反省しているところです。
 でも不躾でも何でも勇気を持って交流でき、ジェンドリンの反応に接したことは私の大きな宝のようでもあります。ジェンドリンは、私の父と同い年であり、父もまた今年7月に亡くなりました。記憶に残るのは、ちょっとしたあの笑顔や表情、物腰、短い言葉なのだ今思います。それらが今やさしく自分を律してくれています、あのようでありたいと。

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