安全・安心な人間関係を

 2015年にストレスチェック制度が厚生労働省によって導入され、ハラスメント対策や働き方改革が提唱されるなど、日本の職場には変革の波が押し寄せいています。その影響で、私などのところにもメンタルヘルス研修講師の依頼が近年増えました。ちょっとだけでもヨガを入れて欲しいという要望が多いので、休憩代わりに10分程度のマインドフルネスを兼ねたアーサナと呼吸法を入れています。

 職場のメンタルヘルスに関して、最近一番伝えたいと思っているのは「安全・安心な人間関係」ということです。当然、ハラスメントがあるような職場は安全・安心とは言えないのですが、そういう人物を悪者にするだけで安全・安心が成立するというものではありません。

 安全・安心はすべての人の共通した欲求だと思います。しかし食べものへの欲求ほどには意識化できていないかもしれません。マズローの欲求五段階層説では、一番底辺に食欲などの生理的欲求があって、成長につれて、安全欲求→ 所属と愛への欲求→ 尊敬・承認への欲求→ 自己実現欲求へと欲求も高次なものになるとしています。

 例えば尊敬・承認欲求が強く出る段階にあるときは、その欲求が意識化されやすいでしょうが、そのときには安全欲求は陰に隠れて、意識に登りにくくなっている可能性があります。

 ネット上では相変わらず悪口やデマが飛び交っていて、多くの人が興味本位で閲覧しては、感情を煽られています。感情が高ぶると内省が効かなくなり、安全欲求からの微かな叫び声はかき消され、結局は自分自身が傷つき、そして攻撃的になるのです。

 同じように、現実の家庭や職場、教室では、心の底で安全・安心を願いながら、つい感情に任せて他者の安全・安心を脅かすことがあるのではないでしょうか。いや、安全・安心を無意識的に願っているからこそ、それが脅かされていることに対して攻撃的になったり防衛的になったりしているのかもしれません。

 私たちの心は桃の実のようにとても傷つきやすいものです。親しいと思っていた人が、その日ふと自分から目線をそらしたというだけで、深く傷ついてしまうことがあります。ある程度人生経験を積んだ人なら、相手の事情を察することで、自分が何か悪いことをしたのだろうかという疑心暗鬼を薄めることができますし、仮に目を背けられるのに値することをした覚えがあったとしても、「仕方のないことだった」と自己弁護することで、自分の心を守ることができます。

 限りなく傷つきつつも、感受性を失うことなく、防衛的になることなく、他者も自分も傷つかない関係性を築くこと、これは少し年月を要するかもしれません。人によってはとても難しいことかもしれません。誰かに守られながらでないと心の安全・安心を保てない人は、子どもはもちろん、大人にも多くいらっしゃるように思います。

 心が守られているということは、安心して自己表現できるということです。これほど素晴らしいことがあるでしょうか。私たちは誰でも生き方を通して自己表現しているわけですが、安全感の欠如から防衛的または攻撃的な表現を取らざるを得ない場合が多いのです。そんな必要がなくなれば、徐々にでも本当に表現したかったことはなんだろうと、そういう方向に心は向かうはずです。

 こんなふうに考えていくと、少なくとも職場と学校の教室は、心の安全・安心が守られる啓発活動を定期的に行う必要があると思います。まずは意識化が大切です。例えば次の3つのことを職場で、毎週月曜日の朝礼で確認してはどうでしょう。

  • 職場の安全・安心を第一に心がけましょう。
  • 相手の話をよく聴き、否定や批判をしないようにしましょう。
  • 共に考える姿勢を大事にしましょう。

心の安全・安心について共に考えることを続けていけば、次第にその方法が身についていき、場の文化になっていくのではないでしょうか。そのような場にて影響を受けた人は、家庭においてもその文化を大事にすることでしょう。職場は家庭に大きな影響を与える教育の場でもあると思います。