自己を習うとは自己を忘れるなり

道元禅師は「仏道を学ぶとは自己を学ぶことである。自己を学ぶとは自己を忘れることである。」といっています。

 自己を忘れるとはどういうことでしょうね。先日ちょっと歯が痛くなりまして、ずっと歯の存在を忘れられないでいました。それと同じで、自分はどうしたらいいんだろう、自分はこんなことではダメだと自分のことを考えているときは「自分」を忘れていない。自分の利益だけ考えているときも「自分」を忘れていない。

 でも無理に自分を忘れることはできないです。しっかりバランスが取れて、特に気にならない状態になれば、そのとき「自分」を忘れていられます。そこを目指すわけです。しかしそれは大変微妙なバランスで、やはり日々坐禅することが大事なのだと道元さんは説くわけです。

 でも道元さんのいう「自己」というのは単に自分にとどまらないと思います。