あなたの活動は誰に動機づけられているのか?

 「外発的動機づけ」という言葉があります。他者から行動を動機づけられるということをいうのですが、たとえば、勉強をやる気のない子どもにお父さんが、「テストで良い点取ったらゲームを買ってあげる」と約束をするようなことが当てはまります。悪い点だったらゲーム時間を減らすなどの罰を与える場合も同じです。

 反対に、自分で自分を動機づけている活動は「内発的動機づけ」です。当然こっちのほうが集中して取り組めるでしょうし、やってて高揚感があるでしょう。内発的動機づけは目的と行動が一致しています。料理好きな人が料理をする、釣り好きが釣りをする、というような場合です。

 なんとしても試合に勝ちたいから、苦しい練習に耐えるというような状況はどうでしょうか。苦しい練習という行動と、試合に勝つという目的が一致していません。自分で自分を外発的に動機づけている状態ですが、少し先を見通す想像力の中で、行動と目的を一致させようと努力することができれば、内発的動機づけになるのかもしれません。そこにはコーチや仲間、家族の励ましもきっと必要で、そういう意味では、外発と内発の入り混じったような感じなのでしょう。

 私たちは生活の中で諸々の活動を行っていますが、そのうちの何割が内発的動機づけによるもので、何割が外発的に動機づけられた活動なのでしょうか。上の例のように両方が入り混じったものもあるでしょう。もちろん内発の割合が高いほど生活は楽しく感じられるはずです。

 昔飲み屋で出会ったおじさんは、「とにかく生活のため、家族を養うために30年、働かされ続けた。晩酌だけが人生の楽しみだ」と私に話しかけてきました。「お疲れ様です。どんなお仕事をされているんですか?」と問うと、同僚や上司の愚痴に混じって、少しずつ仕事の自慢を述べられました。

 人は長く続けていることには、それなりに内発的動機づけをせずにいられなくなるものですね。それは自我を守るための必然とも言えるでしょう。しかし今度は、内発的動機づけによるその仕事のやり方に無意識的にこだわりを持つようになって、同僚や上司のやり方を受け入れられなくなって、愚痴らざるを得なくなったわけです。

 ちなみにこのおじさんは酒が好きだから飲んでいて、そこは目的と行動が一致していますが、中には酒を好きじゃないけど酔うため、または付き合いのために飲むという人もいて、これは目的と行動が不一致で、アル中になりやすいかもしれません。

 その点、ゲーム依存は目的と行動が一致しています。しかしおそらく日常生活が外発的に動機づけられたことばかりで、ゲームでしか活き活きできないのでしょう。そんな状況ではゲームへのこだわりは深まらざるを得ません。

 内発的動機づけによる活動が生活の中で増えるほど、その一つ一つの活動への過剰なこだわりも減るのではないでしょうか。それはリラックスした雰囲気を生み出します。

 内発的動機づけによる活動を増やすには、今行っている諸々の活動のどれが外発的で、どれが内発的か見極める必要があります。やらされ感のある活動でも、考え方や活動の仕方を工夫することで少しは目的と行動を近づけることができるものもあるでしょう。

 アスリートのように高い目標を持ち、それに向けた中期・短期の計画を立て、日々の活動を内発的に動機づけるというスゴ技に挑戦するもの素晴らしいと思います。

 また内発的動機づけによる活動であっても、他者や社会の迷惑になるような活動では困ります。他者や社会に利する活動は、どちらかといえば外発的動機づけによるものが多いかもしれませんが、これが次第に内発的になれば、一番満足感が高いかもしれません。